近年のデジタル化の進展と新型コロナ禍で急速に広まったテレワークや在宅勤務等の働き方の変化により、視覚障害者を取り巻く就労環境は、大きく変化してきています。こうした環境の変化に伴って新たに生じてきた課題は、たいへん幅広く多岐に渡っており、視覚障害当事者の自助努力だけでは解決できないものも多く、会社や職場の合理的配慮も含めて解決していく必要があります。

障害者差別解消法に基づく合理的配慮については、内閣府より「合理的配慮の提供等事例集」が公表されていますが、これらには、最近のICT環境の変化に伴うものが十分に含まれているわけではありません。そこで、タートルICTサポートプロジェクトでは、最近のICT環境の変化を踏まえた合理的配慮の事例を集めて、事例集として公開することにしました。 もちろん、障害の程度は、障害者一人ひとり異なりますし、担当する業務や就労環境も異なることから、ここで掲げる事例をそのまま適用することはできないかもしれませんが、これらの事例を参考にして対応を検討していただきたいと思います。

事例集目次

テレワーク・在宅勤務

事例①:

業務用のデータセキュリティ強化のため、職場内共有システムとして仮想デスクトップなどの、いわゆるシンクライアントシステムの導入が増える傾向にあり、そのアクセスには機能を限定した専用パソコンを使用するケースが多いが、これらのシステムが音声読み上げに対応しておらず、視覚障害者の勤務に支障が生じていた。 そこで、アクセシビリティ確保の観点からシステム部門に検討を依頼し、仮想デスクトップ上に画面読上げソフトをインストールするか、または、代替手段としてセキュリティ機能を強化した通常パソコンの使用を許可する等により、職場および在宅での円滑な勤務を可能とした。

事例②:

在宅勤務で自宅からインターネット経由で社内システムにアクセスする場合、セキュリティ強化のためワンタイムパスワードの入力が必要になるが、このワンタイムパスワードを生成するワンタイムパスワードトークン(※)は、生成したパスワードを画面に表示するのみであったため、視覚障害のある職員は、表示されたパスワードを読めず、在宅勤務できなかった。 そこで、音声読み上げ機能の付いたワンタイムパスワードトークン、または、スマートフォンの読み上げ機能に対応したトークンアプリを導入し音声で確認できるようにした。

※ワンタイムパスワードトークンとは、ネットワークアクセスのセキュリティ強化のため一度限り使用可能なパスワードを生成する装置のこと。

[背景]

ICTの進展にともない、職場における共有システムの導入や更新が増えてきているが、これらに対する視覚障害者への配慮はまだまだ十分ではなく、勤務に支障が生じるケースが少なくない。また、そうしたシステムはテレワークを可能とする基盤ともなっている。 新型コロナ禍で、テレワークや在宅勤務が一般化し、多くの企業で取り入れられ始めているが、これらが原因となって、そうした流れに視覚障害者が取り残されている実態がある。もちろん、個々の企業や担当業務の種類により状況は異なるため、上記の事例は、必ずしもすべてのケースで同様の対応が可能であるとは限らないが、こうした事例を広く周知することで、視覚障害者も一般社員と同様に、新たな働き方に取り残されないよう十分配慮していく必要がある。

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パソコン環境

事例③:

視覚障害者は、画面読み上げソフトや画面拡大ソフトをパソコンにインストールして業務を行う必要があるが、社内環境との競合やセキュリティ上の懸念から、システム担当者がその導入を躊躇していた。

そこで、的確な情報を提供することにより、システム担当者に検討を依頼し、社内のシステム環境で合理的配慮として導入を実現した。その過程で、視覚障害者用ソフトウェアの導入は、一般社員の環境よりパソコン性能への負荷が高くなり、動作が遅くなったり、しばしばダウンする等のトラブルが発生することが分かり、十分な性能のパソコンを使えるよう配慮して対応した。

[背景] 視覚障害者は、業務を行う際、画面読上げソフトや画面拡大ソフトなど、専用の支援ソフトをパソコンにインストールして使用するため、社内環境で問題なく使えるかどうかについては、システム担当者に十分な情報を提供した上で連携して進めることが重要である。また、視覚障害者は、これらの支援ソフトウェアをつねに動作させて、操作しているため、一般社員と同じ業務を行っている場合であっても、パソコンの性能に対する負荷が大きく、このことで、業務効率が低下したり、ダウンしたりするトラブルが発生することがある。このため、視覚障害者には、これらの支援ソフトを使いながら効率よく業務を行うのに十分な性能のパソコンを使用できるようにする等の配慮が必要である。

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スマートフォン/タブレット

事例④:

 業務で使用するスマートフォンやタブレットは、会社より貸与しているが、音声対応されておらず、視覚障害者は、着信のみしか使用できなかった。

このため、画面読み上げアプリのインストールを許可するか、画面読み上げ機能を標準で搭載している機種を使用できるよう配慮し、視覚障害者が音声で使用できるようにした。

事例⑤:

弱視の視覚障害者は、会議等で配布される紙の文書や投影された文書がそのままでは読めず、その都度拡大コピーを依頼する必要があり、業務効率が低下していた。

このため、画面拡大機能と画面読上げ機能を搭載したタブレット端末を貸与し、業務で使用することを許可することで、タブレット上で文書を拡大したり、画面読上げ機能を使用して文書を音声で確認したりできるようにした。

 [背景]

近年、業務においてもスマートフォンやタブレットの利用が広がっており、業務用のスマートフォンやタブレットを社員に貸与して、テレワーク等に対応している企業も多い。こうした、業務用スマートフォンやタブレットは、業務外のアプリをインストールできないように制限されていたり、画面読み上げ機能を標準装備している機種が使用できない場合も多い。こうした制限は、一般には、社員が業務外のアプリをインストールしないためのものであり、視覚障害者が業務で利用するために必須である画面読み上げアプリのインストールは許可するなど、配慮する必要がある。 また、近年、スマートフォンやタブレットは、アクセシビリティに配慮した機種やアプリも多く、これらを業務に活用することで、視覚障害者の業務効率を大幅に改善することが可能である。とりわけ、弱視の視覚障害者にとっては、手元で文書を拡大出来たり音声で画面読み上げできるタブレット端末は、大変便利であり、これを導入することで本人の業務効率が向上するだけでなく、その都度拡大コピーを準備する必要がなくなるなど、周囲の負荷も軽減できる。

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eラーニング

事例⑥:

社内教育用にeラーニングを使用しているが、画像データが多く、画面読み上げソフトで受講できなかった。

このため、視覚障害者には音声で読み上げ可能な電子データを配布して受講してもらうようにした。また、今後、新たに作成するeラーニングコンテンツは、画面読み上げソフトでも受講できるよう、コンテンツ自体にテキストデータで説明文を埋め込む等の対応を行うことにした。

[背景]

在宅勤務やテレワークが一般化してくるにつれ、社内教育もネットワークを介したeラーニングを活用する事例が増えてきている。しかし、こうしたeラーニングコンテンツが音声対応されていないと、視覚障害者の教育機会を奪うことにつながってしまう。企業によっては、画像データに説明用のテキストデータを埋め込む等の対応により、視覚障害者が、画面読上げソフトで受講できるよう配慮している企業もある。こうした事例を広く公開することで、視覚障害者が一般社員と同じコンテンツで教育を受けられる環境を整えていくべきである。

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社内通達等の文書

事例⑦:

管理部門から社員にメールで送付されてくる通達やお知らせの文書は、音声読み上げに対応していないPDFや、画像ファイルを使った資料が添付されている場合があり、その場合は、職場の同僚が読み上げる等のサポートをしていたが、在宅勤務やテレワーク時には対応できなかった。

管理部門に視覚に障害のある社員がいることを伝え、今後は、音声読み上げ可能なPDFや、画像を使用する場合は、テキストでの説明を加える等の対応をしてもらった。

[背景]

管理部門から一般社員にメールで送付されてくる文書は、社員に視覚障害者がいることが知られていないと、画面読み上げソフトで読めない形式の場合がある。近くに同僚がいる場合などは、その場で読んでもらう等の対応ができるが、在宅勤務の場合は対応できない。このような場合には、職場の上長等から、管理部門に事情を話して対応してもらうことで解決できることもある。

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業務システムのスクリーンリーダー対応

事例⑧:

業務効率向上のため、社内で様々な業務のデジタル化を推進しているが、ある業務についてイントラネット環境で動作する業務システムを導入したところ、視覚に障害のある社員から、スクリーンリーダーで読み上げない部分があり、このシステムを使う業務が出来なくなったとの指摘を受けた。
そこで、当該社員の要望に基づき、地域障害者職業センター(注1)が派遣するジョブコーチ等の支援機関の支援も受けながら、システム部門と協力して検証を行ったところ、業務システム側で画像データで作成しているボタンに代替テキストが定義されていない(注2)等の問題点が見つかったため、システムの開発部門(会社)に依頼してシステムの修正を行ってもらった。また、検証の過程で、当該社員の使用しているものとは別のスクリーンリーダーを用いると、より効率よく使用できることが分かり、そのスクリーンリーダーを購入して当該社員に貸与した。

注1)地域障害者職業センターに関する情報は、下記のページを参照して下さい。
地域障害者職業センター(高齢・障害・求職者雇用支援機構)(外部サイト)
注2)画像データへの代替テキスト定義
スクリーンリーダーは、テキストデータを音声で読み上げるため、画像データには代替テキストを定義しておかないと読み上げることはできない。

[背景]

近年、業務のデジタル化を推進している企業が増えてきているが、新たに導入する業務システムが、十分にアクセシビリティに配慮されていないと、視覚に障害のある社員が、システム導入によって業務が出来なくなる等の問題が生じることがある。このような場合には、当該社員の業務内容や使用しているスクリーンリーダー等の支援ソフトウェア環境なども勘案し、場合によっては、外部の支援機関等の専門家の支援も得ながら、解決策を見つけていくことが重要である。この事例では、支援機関の支援も受けながら、検証を行った結果、業務システムの問題が見つかり、開発部門(会社)に改修を依頼したことで、システムのアクセシビリティ改善につながった。また、スクリーンリーダーには、複数のソフトウェアがあり、機能や読み上げ対応の範囲が異なる場合もあり、業務システムの構成によっては、あるスクリーンリーダーでは読み上げ出来ないが、他のスクリーンリーダーでは対応できる場合もある。そのため、別のスクリーンリーダーで試してみることも解決につながる場合がある。

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内閣府が公開している「合理的配慮の提供等事例集」掲載の事例

内閣府が公開している「合理的配慮の提供等事例集」の【生活場面例:雇用・就業】として掲げられている事例の中にも就労におけるICT環境に関連するものがあります。

下記に、この事例集の中から抜粋したものを記載します。

事例 2-(1)-7:

視覚障害者の就労を支援するための機器が職場にない。

読み上げソフト、音声点字携帯情報端末、拡大読書機などの支援機器を導入した。

事例 2-(1)-8:

社内の情報システムが旧式で障害に対応できない。

社内の情報システムをリニューアルする際に、グループウェアなどはアクセシビリティ対応のものを調達した。

事例 2-(1)-9:

通常のパソコンではモニター画面が小さいので、弱視では読み取りづらくて作業に支障を来している。

大型モニターと、画面を明るく照らすデスクスタンドを導入した。

※出典: 内閣府「合理的配慮の提供等事例集」(外部サイト)