特定非営利活動法人タートル 情報誌
タートル 第28号

1998年10月9日第三種郵便物認可(毎月3回8の日発行)
2014年9月15日発行 SSKU 増刊通巻第4918号

目次

【巻頭言】

『視聴覚障害者用共同住宅「はこだての家 日吉」の設立経緯』

特定非営利活動法人ユニバーサルホーム函館をつくる会
理事長(タートル理事) 和泉 森太(いずみ しんた)

平成21年春、有志と共に勉強会を始めることとなりました。

同年5月、任意団体を設立し、慣れ親しんだ函館に住み続けるための勉強会を週一ペースで始めました。そのうち、聴覚障害者の団体も参加を申し出ることになったのです。一参加者として加わっていましたが、将来NPO法人を作るべく、任意団体を結成することになり、代表を引き受けたものです。当初は老人ホームを作るような内容から始まったのですが、介護保険の制約により、市民の介護保険料がこのことにより引き上げられることが判りましたので、方向転換を図り、共同住宅を作ることにしたのです。

議論する参加者の了解が得られましたから、家賃をどうするかが議題になりました。基本的には、障害基礎年金の範囲内に収めることで意見の一致を見たところです。同年5月に設立総会をやり、継続して諸々の課題を検討してきました。任意団体の代表として以後の方向性を確かなものとするため、数多く議論を重ねたものです。

平成22年9月に「特定非営利活動法人」として認定を受け、翌23年に国土交通省住宅局の「高齢者・障害者・子育て世帯等居住安定化推進事業補助金」により、総工費約3億円の事業費・補助額1割の約3千万円の申請に成功しました。事業の内容を審査して「先進的事業」と評価されたのです。北海道の事業は、特に土木・建築関係では単年度での完了は困難であり、平成24年度と25年度の2カ年計画も承認が得られました。

平成25年6月に着工し、10月に内覧会を実施しました。その後の手直しを経て11月20日に竣工。12月より入居者を受け入れました。視・聴覚障害者専用共同住宅として運用を始めて9ヶ月が過ぎようとしています。残念ながら十分な宣伝が行き渡らないのと、サービス付高齢者住宅も建設ラッシュで増加をたどり、利用者の奪い合いの様相を呈しておりました。

このため当初は利用申し込みが低迷して、6割を超えたのは6月に入ってからです。5月のテレビ「UHB、石井ちゃんとゆく!」という北海道の民放の番組や「ろうを生きる、難聴を生きる」というNHKeテレの番組で紹介されたり、また渋谷の放送センターまで出向き出演・収録してきましたNHKラジオ第二放送の「聴いて聞かせて」が放送されたりしたことにより、反響があり、栃木県那須塩原市から入居者がありましたし、東京都多摩市、大阪市、滋賀県草津市、北九州市などからも問い合わせがありました。メディアの反響の特徴は、電話やFAXなどで、直ぐに反応が現れたところです。

さて、7月には入居率が70%を超える見通しとなっています。予約状況では9月を過ぎれば80%を超える見通しです。基本的には入居者ご本人の主体性の下に、以後の人生を設計され、他者に干渉されること無く生活を成り立たせるよう支援して行く方針なのです。入居者のサービスについて、可能な限り提供できるものは提供しますが、介護保険や障害者総合福祉法で公的サービスが受けられる場合には、利用者(入居者)自身の判断で利用の是非を判断してもらうようにしています。

働く人たちを確保するため、「手話通訳者」「同行援護従業者(ガイドヘルパー)」の養成研修を平成22年から開始し、既にいずれの関係者も20名以上養成を果たしているところです。研修中にも法人の理念を強調していますが、この養成研修を経ていない方々がなかなか馴染んでいただけないところに課題があります。スタッフは現状では10数名で、ローテーションを組むこともなかなか困難です。賃金については、職員、パート労働者には最低賃金以上の報酬を与え、地元の状況からも十分な対応が出来ていると思っています。

基本的人権を尊重するのは当然のことですが、理解が及ぶのは並大抵のことではありません。ある意味、働く人たちも入居している人たちも置かれた状況を認識するところまで至らないことも考えられるのです。住み慣れた地元を「終の棲家」として確保するという原点ともいうべき事柄を維持することは重要なことです。単に「福祉の問題」で捉えるのは困難性があると思っています。

当然のことながら、家賃を払っていただかないと、職員の人件費は賄えないことになりますから、互いに努力をしてより良い生活環境を構成して行く必要があります。入居者からは、働く個々のスタッフに対する批判もありますが、それらは時間と共に解消されなければならないし、それらを通じて乗り越えるべき課題を克服して行かなければなりません。メディアで流れたこともあり、期待の高まりはそれなりに感じ、それだけにしっかりした価値基準で対応することが求められているように感じているところです。

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【平成26年度通常総会報告】

平成26年6月21日(土)通常総会が開催された。 例年通り東京四ツ谷の日本盲人職能開発センターで行われ、その模様はスカイプで大阪と福岡の会場にも中継された。

会の若返りを図る意味で、総会の司会に市川氏、議長に神田氏、書記に長谷川氏と若手運営委員が指名された。会員数247名のうち160名(委任状出席120名)の出席があり、議事は順調に進み、議案は全て提案どおりに承認された。
*総会議案はタートル27号に掲載しています。

理事長より昨年度事業を総括して報告が述べられた。報告に対して相談事業について、「産業医との連携について報告があったが、これらの産業医は専従か、嘱託か?」との質問があり、担当理事より、「連携先としてはほとんどが専従であった」との回答があり、また、企業の健康診断にストレスチェックという項目が来年度より法律で義務化されたという情報提供があった。

情報提供事業について、「就労継続には日頃のストレス発散や、英気を養う目的での余暇・レクリエーション活動も重要なので、そういった情報提供も必要なのでは」との意見があり、理事長より「今年は活動に組み入れていきたい」との回答があった。

事業計画案については各事業の担当理事から提案説明があった。セミナー事業について、「出前セミナーでは視覚障害だけでなく、他の障害種とも連携を図ってはどうか。また相手先の要望に応じて実施できるよう、出前セミナーのプログラムにいくつかのバリエーションを用意してはどうか」という意見があり、担当理事より「連携も含め、今後いくつかのバリエーションを検討したい。また、会員各自もニーズの掘り起こしに努め、新しいメニュー(プログラム)の提案をお願いしたい」との回答があった。

また事業計画について理事長より以下の補足説明があった。

@来年度はタートル発足20周年を迎えるので、平成27年6月20日にグランドヒル市ヶ谷で記念パーティーを行う予定である。
A今年度は認定NPO法人の認可を受けるべく準備を進めている。

なお、収支決算報告及び予算案は提案通りに承認された。

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【総会記念講演】

『改正障害者雇用促進法に基づく差別禁止・合理的配慮の提供の指針の在り方に関する研究会について』

厚生労働省 障害者雇用対策課 松永 久(まつなが ひさし)氏

ただいまご紹介いただきました厚生労働省の松永です。先ほど工藤さんからお話があったとおり、藤枝に代わってお話させて頂きます。スカイプを使っての話は初めてで、少し緊張しております。

実は私は、平成17年から19年の間、福岡県庁に出向しておりました。今日の会場のももち文化センターは当時、ももちパレスと言って勤労者福祉センターでした。私はその勤労者福祉施設だった頃に福岡県庁にいて、ももちパレスの施設担当をしていました。そのももち文化センターが会場になっているとお聞きし、とても懐かしく思っております。どうぞ宜しくお願いいたします。

今日は「改正障害者雇用促進法に基づく差別禁止・合理的配慮の提供の指針の在り方に関する研究会」をテーマにお話をさせていただきます。具体的な「差別禁止・合理的配慮」の話もさせていただきますが、その話に入る前に、昨年行われた障害者雇用促進法の改正につきまして、その背景となる部分からお話をさせていただきます。

資料で説明させていただきます。最初に1ページの「障害者雇用の状況」についてです。 まず1つ目は「民間企業での雇用の状況」についてです。現在、法定雇用率は2.0%になっているので、50人以上の規模の企業から、毎年6月1日現在の障害者雇用の状況を報告していただいています。雇用障害者数は、ダブルカウントなどもありますので、それも加味していますが40万人を超えております。前年比でいくと7%増で、最近非常に雇用が伸びています。実数ベースでも32万人という数で、これは過去最高になります。ここ最近の動向で見ても、10年連続で過去最高を更新しています。実はこの10年間には、平成20年ぐらいにリーマンショックがあり、非常に景気が悪くなったりした時期もありました。 そのあとにも東日本大震災があり、日本全体の経済は、やはり非常に落ち込んだ時期があります。そういった時期の中でも、障害者の雇用だけは減らずにずっと伸びてきたのが大きな特徴です。それだけ企業の皆さんには障害者雇用に頑張っていただいたというのが、ここ最近の動向です。

その一方で、法定雇用率は2.0%ですが、実際にクリアしている企業の割合は42.7%です。まだ半分以上の企業が2.0%を達成できていません。非常に頑張っている企業がありますが、まだまだ取組みの遅れている企業も少なくありません。この取組みの裾野を広げることが、1つの課題かと思っております。

次に、公的機関についてですが、都道府県や市町村などは、概ねクリアしております。一方、少し遅れているのが教育委員会で、こちらはいま力を入れて取り組んでいるところです。

それからもう1つ「雇用の状況」ということで、「平成25年度のハローワークの職業紹介状況」について紹介したいと思います。ハローワークを通じた障害者の就職件数は、昨年1年間で、約7万7,000件でした。これも前年度比で14%増えています。こちらも4年連続で過去最高を更新しています。 法定雇用率が1.8%から2.0%に引き上がったこともあって、企業にも雇用をしようという取組みが進み、就職件数が非常に伸びております。

昨年度の数字で特徴的だったのが、精神障害者の就職件数が大幅に増加をして、初めて身体障害者の就職件数を上回ったことです。大まかな数字としては、身体障害者が約2万8,000件、知的障害者が約1万7,000件、精神障害者が約2万9,000件となりました。平成16年度当時のハローワークの就職件数を見ると、身体障害者が全体の約6割で、精神障害者は約1割でした。今ハローワークへ来られるのは、身体障害と精神障害が、ほぼ同じ位です。

今回はタートルの講演会ということで、「視覚障害者の職業紹介状況」についても説明させていただきます。新規求職申込件数は約5,300件、就職件数は約2,300件、就職率が44.6%です。新規求職申し込みは若干減ったようですが、就職件数は4.8%増えていますし、就職率も3ポイント増えております。 昨年の法律改正も追い風となって、障害者の雇用が、促進されており、その中でも、精神障害者の雇用が特に伸びているという状況です。

次に、法改正のもう1つの背景である「障害者権利条約」についてです。 この障害者権利条約は、障害者の権利及び尊厳を保護・促進するための国際条約で、平成18年に採択されています。日本は、ようやく平成26年すなわち、今年の1月に批准しました。 今日はこの権利条約のうち、雇用の話をさせていただきます。雇用以外にも施設やサービス、司法、教育、文化、スポーツ等、他のいろいろな分野にわたって、その締約国が取るべき措置を規定するものになっています。

労働・雇用分野については、公共・民間の区別なく、雇用促進等のほか、あらゆる形態の雇用に係るすべての事項、すなわち、募集・採用から退職に至るまで、すべての事項に関して、差別を禁止するというものです。あるいは、職場において合理的配慮が提供されることの確保をするというものです。

昨年、障害者雇用促進法を改正しました。また、一般法としての差別解消法というものもできました。この条約ができて、日本も批准していこうという流れの中でなされたのが、昨年の障害者雇用促進法の改正と差別解消法の制定です。 「障害者の雇用の促進等に関する法律の一部を改正する法律の概要」ということで、簡単に紹介させていただきます。

大きな改正の柱は2本です。 1つの柱は、いま申し上げた障害者権利条約の批准に向けた対応です。 そのうちの1つは、雇用の分野について、障害者に対する差別を禁止するというものです。もう1つは、雇用の分野での合理的配慮の提供義務ということです。言い換えると、事業主に対して、障害者が職場で働くに当たっての支障を改善する措置を講ずるように義務付けたものです。 ただ、この合理的配慮につきましては、措置を講ずることが「事業主に対して過重な負担を及ぼすこととなる場合を除く」ということになっています。この具体的な内容については、今後、労働政策審議会の意見を聴いて「指針」をつくることになっています。 今日の本題はこの指針の話になります。

ちなみに、ちょっと話はずれますが、いま申し上げたように、雇用の分野では差別禁止や合理的配慮というのは、事業主に義務ということで取り組んでいただくことになりますが、先ほど申し上げた差別解消法の取扱いと、よく混同される方がいらっしゃるので、若干解説をします。

今日お話をさせていただく障害者雇用促進法は、雇用の分野での差別禁止や合理的配慮を規定するというものです。差別禁止も合理的配慮も事業主の「義務」として取り組んでいただくことになっていますが、この雇用の分野以外のものということで、差別解消法というもう1つの法律があることは、先ほど申し上げました。

差別解消法というのは、差別解消の一般法的なものです。その上には「障害者基本法」というのがあって、その中にも差別禁止や合理的配慮の規定はありますが、それをもっと具体的なものとして位置付けた法律が、差別解消法なのです。

その差別解消法の中で、雇用の分野については「障害者雇用促進法の定めるところによる」ということで、障害者雇用促進法のところで雇用の分野が規定されるような建付けになっています。

実は一般法である差別解消法の取扱いですが、こちらにも同じように「差別禁止」や「合理的配慮の提供」ということがあります。この一般法では「差別禁止」は行政機関も民間事業者も「義務」ということになっています。しかし、一方の「合理的配慮」については、行政機関は「義務」ですが、民間事業者については「努力義務」と、そこだけが「努力義務」という位置付けになっています。

そこで、民間企業の人たちからは「合理的配慮というのは、努力義務なのでしょう」と、よく言われます。それは一般法ではそうですが、実は雇用の分野については、事業主も「義務」として取り組んでいただかなければなりません。

権利条約に向けた対応のもう1つの柱は、差別禁止や合理的配慮における個人と企業間の紛争解決援助の仕組みの整備です。 雇用上のもめごとは、事業主が苦情処理や実質的解決等に努めることを努力義務にしています。しかし、それでも紛争というものは起きてしまいます。それで、もともと雇用問題については、「個別労働関係紛争の解決の促進に関する法律」という法律がありました。 その中で、この障害者の問題についても扱うということで、規定を整備しています。通常は「あっせん」という形でやりますが、この障害者の差別や合理的配慮の問題については、「調停」という形になります。また、明らかな違反がある場合には、労働局長が助言・指導・勧告するという規定も合わせて設けています。

もう1つの大きな改正は、「法定雇用率の算定基礎の見直し」です。ただし、これは、今日のテーマには若干外れますので簡単に触れるのみとさせていただきます。 法定雇用率は、今は2.0%ですが、これは身体障害者と知的障害者の数を基に数字を出しています。今回の改正でやったことは、それに精神障害者の数も加えるということです。現在は、いま申し上げたように、身体と知的の障害者数をベースにして2.0%という率を定めています。それに、精神障害者で手帳を持っている方を雇用すれば、その人も雇用率ということで、障害者の数にカウントしてよいというのが今の取扱いです。

それに対して、今度改正しようとするものは、もともと2.0%を決めるベースに、精神障害者の数も加味して決めようということです。実は法律改正をした時には、この権利条約の話よりも、こちらの精神障害者の改正をするかどうかが大きな議論になりました。企業側からは、時期尚早ではないかということで、非常に難色を示されました。 法定雇用率は5年に1度見直しを実施いたします。次の見直しの時期が30年ですから、その30年から合わせて施行することにする。その上で、最初の5年間、30年から35年までの5年間の法定雇用率については、「激変緩和措置」と言って、計算式どおりに決めるのではなく、直近のいろいろな雇用の状況などを見ながら、弾力的に設定できるようにするということで、事業主側の皆様にもご理解をいただき、コンセンサスを得られました。この話については今日はこの程度に留めさせていただきます。

次に、差別禁止や合理的配慮の関係で、よく質問のある公務員の取扱いについて、解説をさせていただきます。

差別禁止については、国家公務員法では27条、地方公務員法では13条に「平等原則」という規定があり、そこですでに担保されております。つまり、国家公務員・地方公務員とも差別禁止については、この雇用促進法は適用せずに、国家公務員法や地方公務員法が適用されるということです。

一方、合理的配慮については、国家公務員は国家公務員法の27条の「平等原則」のところと71条に「能率原則」という規定があり、そちらで担保されています。 一方、地方公務員につきましては、合理的配慮に相当する規定がないため、今日お話する障害者雇用促進法の合理的配慮規定を適用するような扱いになります。 この差別禁止・合理的配慮につきましては、施行の時期が28年4月1日になります。いまから2年後くらいですが、その2年後に向けて我々も指針を作ろうということで、昨年9月からスタートして、「改正障害者雇用促進法に基づく差別禁止・合理的配慮の提供の指針の在り方に関する研究会」を開催して何度も議論してきました。 参集者については障害者の立場と事業主の立場の双方、また労働組合の立場と学識経験者ということで、全部で13人の方にご参画をいただきました。視覚障害者関係では、田中伸明さんという名古屋の弁護士の方に参画していただきました。 今年の6月6日に、報告書として発表させていただきました。今日はその研究会報告書について、お話させて頂きます。

これは、最終的には労働政策審議会というところで意見を聴いて、最終的に成案を得ることになっています。これから夏以降、労働政策審議会障害者雇用分科会で議論をしていただき、年度内に指針という形に仕上げていきたいと考えています。その後、1年かけて周知・啓発に取り組んで施行にもっていく予定です。

次は資料の5ですが、今月発表した研究会の報告概要です。 今日お話しするのは、研究会で「こうした方がいいのでないか」ということがまとまったものです。今後、労働政策審議会障害者雇用分科会でまた議論していきますから、その議論でまたいろいろ変わるかもしれません。

まず「共通事項」ということで、資料に書かせていただいています。指針は2本つくることにしていて、1つは「差別の禁止に関する指針」で、もう1つは「合理的配慮の提供に関する指針」です。その2本に共通するものとして書くべきものを「共通事項」ということでまとめています。

@は、まず対象となる障害者の範囲をどうするかということです。これは実は法律の段階で、もう決着はついているわけです。そこにありますように「障害者雇用促進法第2条第1号に規定する障害者」ということで書いています。その障害者雇用促進法第2条第1号というものは、※印で定義を書いていますが「身体障害者、知的障害、精神障害その他の心身の機能障害があるため、長期にわたり、職業生活に相当の制限を受け、又は職業生活を営むことが著しく困難な者」ということです。これを障害者というように定義しております。これを障害者の範囲として規定するというものです。

特徴的なのは、先ほど言った雇用率制度などでいうところの障害者は、手帳を持っている方が基本になるわけです。しかし、今回の差別禁止・合理的配慮につきましては、障害者手帳を持っているかどうかに必ずしも限定されないところが、1つの特徴になります。

それから、A「対象となる事業主の範囲」ですが、これはすべての事業主ということです。大企業は当然ですが、中小・零細企業に至るまで、すべての事業主が対象になります。実はアメリカなどにも「差別禁止法」というのがあって、15人以上の労働者を雇っている事業主に義務がかかるようになっていますが、日本の場合はそうではなくて、すべての事業所に義務をかけるという取扱いになっています。

そしてBですが、障害者も共に働く一人の労働者であって、事業主や同じ職場で働く者が障害特性に関する正しい知識の取得や理解を深めることが重要であるというものです。

そういった共通事項をもとに、1つ目の「差別の禁止に関する指針」で、どういうことを盛り込むかということです。まず「差別の範囲」をきちんと書いた方がいいだろうということです。ここでは、直接差別を禁止するということで、書かせていただいています。これは何かと言うと、事業主が差別する意図を持って障害者を差別するのを禁止しようというものです。

実は法律改正をするときに、差別意図の有無にかかわらず障害者を排除するもの、いわゆる間接差別というもの(男女差別の世界にはありますが)を差別の対象にするかどうかが、1つ議論になりました。しかし、今回法律改正では、直接差別のみを禁止の対象とするということです。間接差別をどうするかについては、今後この改正法が施行した後の実際の事例事案の蓄積を見た中で、間接差別についても規制することが必要かどうかを検討することになりました。

今回、まず第一弾としてこれをスタートするときには、直接差別を禁止の対象にしようということにしました。直接差別と言ったときに、一般的な直接差別は「あなたは、障害者だからダメですよ」などと言うことが差別になるわけですが「障害者だから」と言わなくても、例えば「車いすだからダメだ」とか「補助犬を連れているからダメだ」とか「介助者がいるからダメだ」というようなことも、障害者だから差別していることと同じではないかということで、そこの括弧内にも書いてあります。そういったものも含めて直接差別として位置づけ、禁止されることになります。

次の「差別の禁止」については、どういう形で指針に書こうかということですが、先ほど少し申しましたが、「差別禁止」というのは、男女差別で同じような差別の禁止スキームがあります。今回、実際に法律改正をしたときも、そのときの法律のスキームを参考にしながら検討していきました。

この指針を作るときにも、この男女雇用機会均等法にある指針を参考にいたしまして、具体的な局面ごとに「項目例」を作りました。その項目例に沿って禁止される差別を整理するということで書いています。そちらの項目例にありますが「募集及び採用」からはじまりまして、あとは「賃金」「配置」「昇進」「降格」「福利厚生」あとは「定年」「解雇」というように、要するに入口から出口までのすべての局面について、その場面ごとに「こういうことは、してはいけません」という書き方でいいのでないかという話になりました。

あとは項目について議論する際に、例えば「職場復帰」や「労働時間」あとは「再雇用」といった項目も、追加すべきではないかという意見も一部にありましたが、基本的には「項目例」に書いてあるものと、例えば「職場復帰」はまさに「配置」の問題になりますので、そういったところと重複するのでないかというご意見もありました。指針で具体的な記載を検討する際には、どういう書き方をするか検討しようということになっています。

いま、申し上げた項目ごとの記載ですが、(1)「募集及び採用」にどういうことを記載するかについて検討をいたしました。この「募集及び採用」時のいろいろな差別については、その典型的なものに、企業から一般求人で募集を出しているときに、健常者は普通に正社員として登用しますが、障害者が応募したときには、正社員にはせずに嘱託社員や契約社員にしかしないというものがあります。そういったものは差別ではないかというようなことで、そこは一定のコンセンサスを得られたところです。

そういった事例なども踏まえますと、この「募集及び採用時」の差別はどういうものかを定義するときに、その@にありますが「募集又は採用に当たって、障害者であることを理由に、その対象から障害者を排除することや、その条件を障害者に対してのみ不利なものとすること」が、差別に該当すると整理するのが適当であると記載しています。

それからAですが、企業が募集をするときに条件を付けることがあります。例えば運転免許を持っていることや、電話対応ができること等の条件を付している場合があります。これは研究会でも団体の皆さんにヒアリングをしたわけですが、そうやって条件を付けられることで、事実上障害者が応募できないのは、それ自体が差別ではないかというご指摘がありました。

資料にも書きましたが、そういう一定の能力を持っていることを条件とするのは、すべてにおいて必ずしも差別だと言えるのかどうかということです。例えば、運転免許が条件だといった場合、仕事でやってもらう内容としてどうしても車を運転してどこかに配達してもらうというのであれば、当然免許を持っていなければいけません。実際にやってもらう仕事との関係で、そういった条件のようなものが業務遂行上特に必要と認められる場合には、条件を付していたからといって、直ちに差別には当たらないということです。 ですから、そのAのところで「募集に際して、一定の能力を有することを条件とすることは、その条件が業務遂行上特に必要なものと認められる場合、差別に該当しない」ということで、書かせていただいています。

あとは逆になりますが、募集に当たって、業務遂行上特に必要でないにもかかわらず、障害者を排除するために条件を付していると判断されるときは、差別に当たるということです。これはBで書いています。

Cについてですが、この条件が本当に業務上必要かどうかというものについては、確認をしたらきちっと教えてもらう仕組みが必要になると思われます。障害者から求人内容について問い合わせ等があった場合は、事業主がその内容についてきちんと説明することが大事だと思います。 それから、募集に際して能力を有することを条件としている場合については、当然その条件を満たしているかどうかの判断は、そこにある過重な負担にならない範囲で合理的配慮を提供してもらった上で、それができるかどうかが判断されるべきものです。そういったことが重要です。 あとは、そういう合理的配慮の提供があれば条件を満たすということを、障害者の側から事業主にもきちんと説明していただくことです。そういったやり取りの中で、実際に判断していただくことが重要であろうということで、それを書かせていただきました。そういったことを「募集及び採用時」の差別として書いていこうと研究会では議論されました。

それから(2)「採用後」です。採用後についても、先ほどありましたように賃金から配置、教育訓練や福利厚生などがいろいろとあります。ちょっと包括的に議論はしたのですが、その採用後の各項目について、障害があることを理由にその対象から排除するとか、あるいは障害者だけ条件を不利なものにするのは、差別に該当するということです。それぞれの項目毎に具体的な事例を書いていこうということで、まとまったところです。

そういった差別に当たるものを「こういうものは差別です」と書いていくのと合わせて、次の(3)「差別に当たらない事項」というのもあるということです。これについては事業主の側からいろいろご指摘ご意見がありまして「こういうものは差別ではない」と書くべきではないかということでした。以下の事項は差別に該当しないということで、4つあげられています。

1つ目は、障害者を有利に扱うことで、積極的差別是正措置といいます。障害者を有利に扱うということで、これは差別ではありません。例えば求人などでもありますが、障害者だけを募集対象にするのは、障害者を有利に扱っていますので、差別ではありません。一般的な健常者を募集対象とする求人の中で、障害者を排除するのは当然障害者に対する差別に当たりますから「やってはいけない」というように今後なるわけです。しかし、障害者だけを募集の対象にするのは良いということです。

2つ目は、合理的配慮を提供し能力等を適正に評価した結果として、異なる取扱いを行うことです。これは健常者もそうですが、雇用の世界というのはどうしても労働者ごとに能力の差があります。その能力差に応じて昇進のスピードが違ったり、賃金が変わったりすることは当然あるわけです。これは障害者の世界でも同様です。一定の合理的配慮は義務なのでやっていただく必要がありますが、能力を適正に評価した結果として、その能力差でいろいろと処遇が変わること自体は差別ではないと書かせていただいています。

それから3つ目はちょっとわかりにくいのですが、合理的配慮を提供することにより障害のない者と異なる取扱いを行うことです。こちらに例示で書いていますが、例えば健常者の皆さんを対象に研修を行う場合、普通は3日間の研修カリキュラムですが、知的障害者でどうしても3日間では理解するのが難しい場合に、マンツーマンで5日間かけて同じ内容を、もう少しブレイクダウンしてわかりやすく研修するということで、合理的配慮でやったとします。これは傍目から見ると、3日間の研修を受けた健常者と5日間の研修を受けた知的障害者とで異なる取扱いをしているわけです。障害者のために、理解できるよう手厚い取扱いとして、特別に5日間かけた研修をやったわけです。それ自体は異なる取扱いだとしても、それは差別ではないということです。

それから4つ目です。合理的な配慮を提供することになりますと、どうしてもその方の障害の状況等を、いろいろお聞きしなければなりません。一般的に雇用の世界は、公正な採用選考というのがあり、仕事をする上で必要でないことは聞いてはいけません。例えば家族構成はどうかとか、そういうことは仕事とは関係ないので聞かないように、いろいろとお願いをしています。 雇用管理上の必要な範囲で、プライバシーにも配慮しながら障害の状況を確認することは、直ちに差別には当たらないだろうということです。その4つを「差別に当たらない事項」ということで整理しています。

「差別の禁止」については、以上のような形で書いていったらいいのではないかというのが研究会の議論です。今後は、こういった研究会で出てきた報告書などをもとに、もう少しブレイクダウンした内容を、指針の具体的な内容をどうしていくのかを、審議会でこれから議論していく流れになると思います。

次が「合理的配慮の提供に関する指針」です。 こちらは最初に「基本的な考え方」というところで整理をしています。この合理的配慮について特に一番重要なのは@です。先ほど工藤さんからもありましたが、合理的配慮というのは、障害者の個々の事情と事業主側との相互理解の中で提供されるべき性質のものです。この「相互理解の中で提供される」ということが、合理的配慮の中で一番重要ではないかと思っています。

これは労使、事業主と障害者の間でよく話し合っていただいて、合理的配慮の内容を決めていくのが重要だということです。そういったこともありまして、後で出てきますが、合理的配慮の内容を決めるための「手続」を指針に書くことになります。これも後ほど説明をしますが、合理的配慮の具体的な内容は例示として「別表」で書くという形で整理しています。あくまでも例示ということで、この考え方が反映されていくことになります。

「基本的な考え方」のA以降は少し細かい話ですが、基本的な考え方で盛り込むべきだろうということで、ご意見があって記載しているものです。1つは採用後の合理的配慮についてです。あとでちょっと出てきますが、障害者からの申し出があって何かやるのではなく、事業主の側から障害者にどういう支障があるかを確認していただき、どういう措置を講ずるのかやっていただくことになります。 ただ、事業主が必要な注意を払っても、その雇用する労働者が障害者であることを知り得なかった場合には、合理的配慮の提供義務違反を問われないことにしています。精神障害者ですと、どうしても外見だけではわからない方もいらっしゃいます。一定の注意を払ったなかでも、どうしてもその人が障害者だとわからなかった場合には、合理的配慮をしていなくても提供義務違反は問われないということです。

それからBですが、これも後で出てきますが、合理的配慮は過重な負担にならない範囲でやってくださいということです。過重な負担にならない範囲でいろいろな措置を講ずるわけですが、取り得る措置が複数あったときにどうするかということです。事業主は障害者と話し合いしていただきますが、当然障害者の意向なども尊重した上で、提供しやすい措置を取るということは差し支えないとしています。

Cですが、障害者から「こういう措置をしてほしい」という希望が出てくることもありますが、結果的に企業にとって非常に過重な負担になりできないこともあり得るわけです。そういうように、措置が過重な負担であるときについては、これも障害者と話をしていただいて、その意向を十分尊重するわけですが、過重な負担にならない範囲で可能な合理的配慮に関する措置を取っていただくということで、書かせていただいています。以上が基本的な考え方になるわけです。

次は「合理的配慮の手続」についてです。 先ほども申し上げましたように、合理的配慮というのは、障害者と事業主の相互理解の中で提供されるべきものということです。相互理解をするために手続のようなものを定めた方がいいのでないかということで、手続きを定めることにいたしました。 これは、局面を2つに分けております。(1)が「募集及び採用時における合理的配慮の提供」ということです。要するに採用前ということで、採用選考段階の合理的配慮と思ってください。

まず、募集・採用時については、@になりますが、障害者からの合理的配慮の申出がきっかけになります。先ほど申し上げたように、採用後は事業主側から障害者にその支障があるかどうかを確認していただくスキームになります。募集採用時は、事業主もどなたが応募してくるかわからない中で、どういう配慮をしていいか全くわからないわけです。ですから、障害者側からこういう配慮を、例えば視覚障害者であれば「点字で試験をやらせてほしい」とか、聴覚障害者であれば「筆談みたいなものでやってほしい」ということがあるわけです。そういう申し出を障害者側からしていただくことになります。 当然ですが、例えば点字試験であれば、点字の資料を用意するのに時間がかかったりします。あとは、発達障害などでは「個室で試験を受けさせてほしい」というのもあるかもしれません。そういうふうに、合理的配慮の提供をするために、準備に一定の時間がかかる場合もありますので、面接する日までの間に、時間的に余裕を持って事業主に申し出ることが求められます。事業主が「こういうことだったら、できます」というようなことも示しながら話し合いをしていただきます。

そして最後のBの「合理的配慮の確定」ということです。話し合いをした結果「こういう配慮をいたします」ということを、事業主から障害者にお伝えしていただきます。お伝えしていただくときに、問い合わせがあった場合には、どうしてそういう措置を講ずることになったかという理由や、あとで出てきますが、過重な負担になった場合は「できません」ということになりますが、どうして過重な負担に当たるのかご説明していただくことになります。

それから、次が(2)「職場における合理的配慮の提供」ということで、採用されたあとの合理的配慮の提供の手順になります。採用したあとになると、事業主は対象となる障害者を基本的に特定できているわけですので、障害者からの申出の有無に関わらず、企業の側から合理的な配慮を提供していただくことになります。

ですから、@の最初のきっかけが先ほどとは変わってくることになります。こちらでは職場における支障となっている事情の有無の確認を、事業主がまずやっていただくことになります。これをア、イ、ウということで、場合分けしています。 アは、雇用をする方が最初からその人は障害者だとわかっている場合です。最初からわかっているわけですから、雇い入れをするまでの間に、どういう支障があるかをまず確認していただくことになります。 イは、応募後の採用選考や面接時に障害者ということはわからなかったけれども、採用したあとでその人が障害者とわかった場合です。その人が障害者だったとわかった段階で、そういう支障があるかどうかを確認していただきます。 ウは、雇い入れた時は健常者で採用したけれども、雇い入れたあとに事故か何かあって、中途で障害者になった場合です。その方が事故などに遭って障害者になったことを事業主が把握した時に、支障があるかどうかを遅滞なく確認していただくことになります。

先ほど申し上げたように、事業主から基本的に確認することになります。その下にも書いてありますが、事業主から確認される前に、障害者の側から「実はちょっとこういう支障があって困っている」と、申し出ていただいても構わないことになっています。 そういったきっかけがありまして、次に合理的配慮をどうするかという話し合いをもっていただき最終的に確定するところは、先ほどの「募集・採用段階」と同じです。そういう手順を踏んで、どういう配慮をするのかを決めていただく手順にしています。

最後に※印で書いていますが、この合理的配慮を決める一連の手続きの中で、視覚障害はたまにあるかもしれませんが、どちらかというと知的障害や精神障害ですと、ご本人とだけ話をしていても、なかなか本人の意向を確認するのが困難な場合もあります。そういう場合は、就労支援機関の職員に障害者の補佐を求めても差し支えないと書いています。

次が「合理的配慮の内容」ということになります。 最初に「基本的な考え方」であったように、障害者と事業主側の相互理解の中で可能な限り提供されるべき性質のものですから、内容としては「こういうものをやるのだ」というように、最初から最後まで固定した内容にすることは適当ではないとうたっています。

そうした上でA「合理的配慮とは何か」というところですが、法律でもこういう条文をうたっているわけですが、先ほどの募集・採用時については、障害者と障害者でない者との均等な機会確保の支障となっている事情を、改善するための必要な措置ということです。 そして採用後については、健常者との均等な機会の確保と、障害者の有する能力の有効な発揮の支障となっている事情を改善するための必要な措置ということで、これが合理的配慮であるとうたっています。

そういったものですので、少しBにも書いてありますが、仕事をする上であくまでも必要なものということです。例えば眼鏡や車いす等の日常生活でも当然必要となるものについて、事業主に「合理的配慮として提供してくれ」と言うのは、合理的配慮ではないということです。これは、ちょっと確認的に書いています。 そういった上で、では、指針の中で、どういったものを事例として書くかということです。合理的な配慮は何かということも、ある程度事業主に理解してもらわないといけません。そういう意味でも、一定の事例というものは必要になってきます。それから、最初にも申し上げましたが、合理的な配慮というのは、中小零細企業も含めてすべての事業主にやっていただかなくてはいけないことです。 そういったことも踏まえて、Cになりますが、多くの事業主が対応できると考えられる措置を事例として「別表」の内容を指針に記載するのが適当であろうと、研究会でまとまりました。

資料の順番としては「別表」が後ろに出てくるので、またあとでご説明をさせていただきますが、そういった「別表」にいくつか障害種別ごとに事例を書こうということで、研究会の意見がまとまりました。「別表」の内容については、資料の順番がありますので、またあとでご説明をさせていただきます。

次に「過重な負担」というものがあります。「過重な負担」というのは非常に難しくて、労働法にはいろいろありますが、過重な負担がある場合にはやらなくていいというのは、他にはありません。過重な負担とは何かを考えるのは非常に難しいものです。 基本的に過重な負担に当たるかどうかは、個別に当てはめて判断するわけですが、結局、個々の合理的配慮として求められている措置と、措置を行う企業の体力といいますか、大企業か中小企業かとか、提供能力の有無とか、その組み合わせになってきますので、もう千差万別なのです。 ですから、過重な負担に当たるかどうかは、数値で決められるものではないのです。ここに6つありますが、ある程度判断する時の要素を示し、あとはこの要素を総合的に判断する中で、個々の措置が過重な負担に当たるかどうかを決めていこうではないかということで、過重な負担の判断要素をまとめています。

まず@は「事業活動への影響の程度」ということです。そこにもありますように「当該措置を講ずることによる事業所における生産活動やサービス提供への影響、その他の事業活動への影響の程度が過重な負担の判断要素となる」ということです。これは何かというと、措置としては合理的な配慮ということで配慮されているわけですが、それが結局、企業の活動としてはマイナスになってしまうということなのです。

例えば生産ラインの仕事等で、肢体不自由になってしまった方のために生産のスピードを遅くしてあげれば、その人は対応できるので、合理的配慮としてはあり得るわけです。しかし、ライン全体として見た場合に、これまで1時間で100個生産できて売り上げが出せたものが、スピードを落とす配慮をすることで、1時間に80個しか作れなくなってしまうと、売り上げが落ちることで事業活動に影響が及んでしまいます。すると、そういう配慮をすることが、事業活動に影響することになってしまいます。 ただし、それだけですべてどうするというわけではありませんが、そういうふうに事業活動にマイナスになるかどうか、措置を講ずる時に事業活動にどういう影響を与えるかというのが、過重な負担に当たるかどうかを判断する1つの要素になります。

それから、Aというのは「実現困難度」ということです。事業所の地域によって、例えば東京などでは、いろいろな人材を確保するにも比較的いろいろと手配しやすいですが、地方のかなり田舎では、そういう人材がなくて手配できないということがあります。 また、建物の整備なども合理的配慮としてありますが、自社ビルであれば自分の判断ですぐに全部手すりをつけたりスロープをつけたりできますが、賃貸のところではそういう配慮も直ちにできるわけではないというところがあります。実際、物理的にそういう対応ができるかどうかが、過重な負担に当たるかどうかの判断要素になります。

Bが「費用・負担の程度」ということで、ある措置を講ずる時にかかる金銭的・人的なコストのようなものが、どれぐらい大きいかということが1つ判断要素になります。但し書きに少し書いてありますが、1つの措置を講ずるにはあまり高くないかもしれないが、大企業で障害者が何十人もいらっしゃる時には、総額として非常に大きなものになる場合もありますので、複数の障害者からそういう要望があった場合は、複数の措置に要する費用・負担というのも勘案して判断することになっています。

Cは「企業の規模」ということで、どうしても企業が小さい規模になってくると、なかなか提供するのは難しいだろうということです。

Dは「財務状況」ということです。大企業であっても、赤字がずっと続いて経営が厳しいところになると、なかなかプラスの措置を講ずるのは過重な負担になるだろうということです。

Eは、少し切り口は違うのですが「公的支援の有無」ということです。我々もいろいろな障害者雇用をする時に、いろいろな支援措置を講じています。先ほどの「実現困難度」とか「費用・負担の程度」については、公的支援を受けられる場合は受けることを前提にして、過重な負担に当たるかどうかを判断するというようなことです。

だいたいこの6つの要素を勘案して個別に判断していくということで、過重な負担かどうかを判断していこうということになりました。

それから、次が「相談体制の整備等」です。法律にこういう障害者からの相談に応じるような体制を整備しようということで書かれていて、それを指針に盛り込んでいます。わかりやすい話ですが、相談に対応するための窓口ですとか、担当者を決めていただくというようなことです。

それから、Aになりますが、相談があった時にはきちんと適切に対応するということです。働く上で支障があることが確認されれば、先ほどの手続きになりますが、手続きにのっとってしっかりやっていただくということです。

それからBですが、当然、相談者からのプライバシーを保護するための措置を講ずるということです。

それからCですが、合理的配慮は企業にとって負担となるものがありますが、それを相談したからといって不利益な取扱いを受けることはあってはならないわけです。不利益な取扱いを行ってはならない旨を定めて、周知・啓発をすることできちんと担保していこうということです。合理的な配慮については、以上のようなことを書こうということになっています。

最後に「おわりに」というところで書いているのは、必ずしも指針に書くということではないが、こういう取組みも別途並行していくのが重要であるとご指摘いただいたものを列挙しています。

1つは、障害特性等に関する理解をきちんと深めていくということです。パンフレットを作ったり、いろいろな啓発活動をしていったりするということ。それから、合理的な配慮については、あとでまた「別表」で解説しますが、実際の事例はいろいろとあります。そういった事例をきちんと蓄積し提供していくことが重要であるということです。

それから、ジョブコーチという仕組みもありますが、それについても質的な充実を図ろうとか、ハローワーク職員の質的な向上もきちんとやっていこうと言われています。また、これはあまり望ましくないことですが、どうしても企業と障害者の間で揉め事になってしまった場合の解決手段ということで、先ほど法律のスキームをご紹介しましたが、実際に揉めてしまった場合の解決手順などを整備したフローチャートのようなものをきちんと作って、周知するというようなことです。

あとは、合理的配慮などとは別に、きちんと障害者の職場定着を進めていくためのいろいろな支援策を充実させるということです。いろいろな支援策をやっていますが、企業の皆さんや障害者の皆さんにきちっと知ってもらわなければ活用されませんので、そういった支援策の周知をしていこうということです。

そういったことが重要であるとご指摘を受けています。こういったことも我々はきちんと受けとめてやっていかなくてはいけないかと思います。これ以外にも、障害者と企業のいろいろなマッチングなども課題ですし、職場において障害者かどうかを確認していただく作業がありますから、確認や障害者の把握の仕方をどうするかということもあります。 それから、今日はあまり出ないかもしれませんが、移動支援についても、本当に企業としてやるべきなのかについては議論になりました。そういったいろいろな課題がまだまだあります。そういったことについては、まずは行政で真摯に対応していくことが必要であるとうたっています。私どもとしては指針を作るのも大事ですが、そういうことも含めて、それ以外のところもきちんとやっていかなくてはいけないと思います。

あとは、後ほどやりますと言った合理的配慮の具体的な事例です。最後に「別表」という形でお示しさせていただきます。先ほども申し上げたように、一応多くの事業主が対応できると考えられる措置を示そうということで「別表」にしました。こういうことをやるのかというのは、中小・零細企業の人たちが見てもできそうなものということで書かせていただいています。 ただ、当然の前提ということで「別表」の最初に書いていますが、@にあるように合理的配慮は非常に多様であって個別性が高いものですから、「別表」はあくまでも例示であるということです。ここに書いてあるからといって、必ずしも全部やらなくてはいけないわけでもないですし、逆に書いてなくても合理的配慮に当たるものもあるということが、@に注意書きとして書いてあります。こういうことも書くべきであると言われているのが1つ。

それから、もう1つ注意書きとしてあるのは、採用後の事例には、残念ながら中途障害になられた方への対応も含まれることで、それをきちっと書いています。そういった中で、具体的な事例をどうするかということです。研究会報告でまとまったのは、障害種別で典型的なものをまとめていくということです。時間の都合もありますので、今日は視覚障害のところだけご説明させていただきます。

最初のところですが、まず、募集及び採用時については、例えば募集内容について音声等で提供できるようにしておくということ、あるいは採用試験をする時には、点字や音声による実施、試験時間の延長を行うようなことで、こういったものが配慮としてありうるのではないかということです。

それから、採用後の配慮としては、業務指導や相談に関して担当者を定めることで、これはすべての障害に全部書いてあります。実際に事例を考える時には、我々も地方の労働局やハローワーク等を通じ、実際にどんな配慮がされているかを少し吸い上げたのです。そういうところで出てきたものを、ずっと書いていったわけですが、担当者を定めるのは、だいたいどの障害でも共通して見られた配慮です。

その次が拡大文字、音声ソフト等の活用によって業務が遂行できるようにすること。また、出退勤時刻・休暇・休憩に関して、通院・体調等に配慮すること。それから、職場内の机等の配置、危険箇所を事前に確認すること。移動の支障となるものを通路に置かない、机の配置や打合わせ場所を工夫する等により職場内の移動の負担を軽減すること。そして、

最後ですが、本人のプライバシーに配慮した上で、他の労働者に対し、障害の内容や必要な配慮等を説明すること。視覚障害の事例としては、以上のようなものを書かせていただいています。 最後に挙げた「他の労働者に対し説明する」というのは、実はすべての障害に共通して書いてあります。実際の事例でもそういうのがありましたので、そういう形になっています。たぶん、この事例をいまお聞きになっていると、例えば「介助者などをつけてほしいのだが、なぜそういうのが入っていないのか」とか、特に中途で視覚障害になった方ですと「リハビリ訓練はどう考えるのか」というようなことなど、結構思われた方もいらっしゃるかもしれません。 例えば、リハビリ訓練みたいなものは、いろいろな公的機関ならばメニューがあったりしますが、そういう訓練を受けさせるためには、企業の側からすると出勤時刻帯や退勤時刻などの配慮で考えられるのではないかということです。その辺の考え方や配慮というのは、いま申し上げた事例の中で「出退勤時刻・休暇・休憩に関し、通院・体調に配慮する」というところで、一通り読み込めるかと思います。

それから、介助者の配置というのも配慮としてはあり得ると思います。確かに視覚障害者で、そういう配慮を希望することがあるというのも事実だと思います。ただ、先ほど冒頭に申し上げたように、この別表の考え方としては、多くの事業主が対応できると考えられる措置を事例として書こうということです。そうすると、介助者をつけるということでどうしても人件費等がかかったりして、中小・零細企業の立場からすると、なかなかすぐにできる措置にならないこともあって、一応今回の「別表」の中には入れておりません。 「別表」自体は、多くの事業主が対応できると考えられるものを書くということで、整理をさせていただいたところです。ただ、この中でも申し上げましたが、ここに書いてあるのはあくまでも例示ということです。ですから、実際にどういう措置を講じていただくかは、まさに相互理解という部分になりますが、事業主の皆さんとよく話し合って決めていただくことが重要だと思いますし、そういった中で、実際にどういうものをやるかを決めていただくことになります。

合理的配慮の具体的な事例として、指針は指針でこういう事例を書くわけですが、指針はあくまでも例示ですので、具体的な事例をきちんと情報収集して提供することが重要であると指摘されています。私どもとしては、そういった部分について、いまも独立行政法人のリファレンスサービスとして、いろいろな事例を集めて提供しています。それをもっともっと良いものにして、皆さんに見ていただきやすいものにしていくことに、これから取組んでいきたいと思います。

以上のようなものが、いま検討されているものということです。また、労働政策審議会でいろいろご議論をいただく中でもっと練っていただき、最終的に指針ということで固めていきますが、今日は研究会での議論などをご紹介する形で話をさせていただきました。 いまもいろいろ申し上げましたが、差別禁止には男女差別などがありますし、やっていけないことはわかりやすいと思うのですが、合理的配慮というのは、障害者権利条約の中で初めてそういう言葉が出てきましたので、多分一般の皆さんは合理的配慮と言われても、あまりピンとこないものかもしれません。いま申し上げたように、合理的配慮というのは、障害者一人ひとりに応じて求められるものが変わってきますし、個々によって非常に異なるものです。

従来の法律では、義務づけといいますと「こういうことをやってはいけない」とか「こういうことはやらないといけない」というのがある程度決まっていて、きっちりしているわけです。例えば、割増賃金ということでは、残業をしたら割増賃金を支払わなくてはいけないし、1.25倍払わなくてはいけないことは、きっちり決まっているわけです。

今回の合理的配慮というものは、配慮してあげるということ自体はありますが、具体的にどういう措置をしないといけないかは人によって違ってくるわけで、それは多分これまでの義務づけのスキームにはない非常に特徴的なものです。またもう一方で、過重な負担になる場合はその義務を負わないというのも、今までの義務体系には全くないものですから、少し特徴的なものだろうと思います。

今回の指針の中にもありますように、相互理解、つまり話し合いの中で決めていくことが重要であるということもあって「合理的配慮の手続き」をきちっと指針に盛り込もうというのが、今回の指針を作った時の流れです。こういった手続きにのっとって、十分話し合いをしていただき、相互理解をしていただくことが、合理的配慮をやっていくには一番重要ではないかと思います。

今日はずっと申し上げているとおり、これはあくまでもたたき台ペースですので、今後は検討の場を労働政策審議会障害者雇用分科会に移して、より具体的にやっていくということです。できるだけ我々も年度内ということで早めに指針をまとめ、あとは企業なり障害者の皆さんや労働者の皆さんにきちんと内容を知っていただく必要がありますので、来年度になるかと思いますが、労働局をあげての周知活動に本当に力を入れていきたいと思います。

タートルの皆さんは、そういう意味ではかなり先取りして関心をもっていただき、お話を聞いていただいたかと思います。また、私どもとしても、これが出来上がりましたら、またいろいろな方面で宣伝していきたいと思います。 今日関心をもっていただいた皆様方にもご協力いただきながら、また、仲間の障害者の皆さんにもこういうのがあることをお知らせいただくとか、企業関係者の皆さんにも企業の中でそういうことがあることを周知いただくべく、ご協力をお願いできればと思います。 少し雑駁な話でしたが、私からの話は以上にさせていただきます。どうもありがとうございました。

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【3月交流会講演】

『視覚障害者の雇用の現状と課題』
―職域拡大の推進とキャリア形成を中心として―

独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 障害者職業総合センター
特別研究員  (タートル会員)   指田 忠司(さしだ ちゅうじ)

皆さんこんにちは。障害者職業総合センターの指田です。本日は「視覚障害者の雇用の現状と課題」というテーマで講演させていただきます。私自身が現在担当している研究をもとにお話できたらと思い、「職域拡大の推進と、キャリア形成を中心として」というサブテーマを付けさせていただきました。

レジュメに沿って話を進めたいと思いますが、時間的制約もありますので、大枠だけ話すところもあるかもしれません。皆さんが一番関心のある「職域をどのようにして広げていくのか」や、「自分たちの権利をどう保障していくのか」という点を詳しく話したいと思います。

◇視覚障害者の一般的状況と就業状況

はじめに、統計からみた視覚障害者の状況ですが、従来は5年に1回、身体、知的、それぞれの障害について実態調査が行われていました。平成23年の調査から身体・知的・精神の3障害共通の調査が行われるようになり、障害種別間の実態が比較できるようになったのですが、それぞれの障害の具体的状況について詳細がわかりにくくなってきています。

平成23年の調査については、昨年6月末に速報値が出ており、視覚障害者の人口は、31万人前後でほとんど変わらず、高齢化が少し進んでいました。従来から指摘されていた、60歳以上の人口増加や、1・2級の重度視覚障害者が多いという特徴は、以前と変わりません。むしろ、高齢化・重度化は進んでいると言えます。

平成18年まで行われてきた身体障害児・者実態調査では、かなり詳しい状況が把握されており、視覚障害者の就業状況の推計値も出ていましたが、平成23年の調査では、就業に関する詳細なデータは公表されていません。

もう1つ、平成18年に行われた雇用実態調査があるのですが、平成20年に公表された結果をみても、視覚障害については、割合(%)のみの表示で、雇用されている視覚障害者の人数は明らかになっていません。

ここで、視覚障害者の就業問題の特徴について指摘しておきたいと思います。皆さんの中で従事している方は少ないかもしれませんが、一昨年の調査では、あん摩・はり・きゅう(三療)の施術所を開設している視覚障害者は、2万6・7千人いました。 しかし、平成18年の身体障害者実態調査の結果でみますと、三療の仕事に従事している視覚障害者は約2万人となっています。平成13年の調査では、2万4千人程度でしたので、実態調査で見るかぎり、平成18年の段階でかなり減少していることがわかりますし、高齢化が進んでいることが窺えます。

この仕事については晴眼業者との競争が課題になっていますが、1970年代は、三療に従事している者のうち、視覚障害者が5割以上でしたが、2008年には視覚障害者の従事者数が減少したこともあって、全業者に占める視覚障害者の割合は25%を下回っています。

次に就業問題の特徴として、テクノロジーの発達や様々な資格制限の撤廃などにより、視覚障害者の働く機会が増加していることを指摘したいと思います。 身体障害者実態調査では、全盲と弱視の方を合わせて、1万人から1万数千人程度の人たちが、官公庁や民間企業で働いていることが明らかになっています。

一昨年、社会福祉法人視覚障害者支援総合センターが公務員と教員の実態調査を行い、その結果が昨年公表されました。それによると、全盲と弱視を含めて、教職員では一般校や特別支援学校で約500人の視覚障害者が働いています。また盲学校の理療科では約700人が教職に就いています。他方、公務員として地方自治体で働く視覚障害者が、都道府県や市町村で900人程度いることが明らかにされています。

この数字は、あくまで人事当局や教育委員会が把握している数字なので、障害者手帳はあるけれど告知していない方や、何らかの眼疾患を負っている方も含めると、公務員・教員として働く視覚障害者は4,400人程度と推測されます。一方、公務員と教員の数字以上に、民間企業では多数の視覚障害者が従事していることが想像できます。

厚生労働省では、法定雇用率の達成状況を確認するため、毎年6月に調査を行っていますが、障害種別ごとに集計はされていませんので、視覚障害者の雇用実態はつかみ難い状態です。

◇職域拡大の契機とその特徴

まず、1つ目は、技術革新を手がかりにした職域拡大が進んできたということです。社会福祉法人日本盲人職能開発センターが長年にわたって取り組んできた会議録作成業務でも、かなタイプから始まり、音声ワープロに進化しました。その過程では、カナ文字を読むためのオプタコンの導入と、正確で迅速な文字入力をするためのシステムの開発などが行われています。最近では、インターネットや社内ネットワークを活用して仕事が行われるようになってきました。

障害者の生活を支援する技術という意味で、音声ワープロやオプタコンなどの機器を総称して「アシスティブ・テクノロジー(支援技術)」と言いますが、特にパソコンを含めた支援技術の面では、1970年代から今世紀にかけて、高い水準で進歩していることは、皆さんも実感されていることと思います。

職業分野で言いますと、かつて全盲の視覚障害者は、手書きであれば文書を書くことはできましたが、決められた書式に文書を書いて、人に読んでもらうことは不可能でした。しかし、技術の進歩によりそれが可能となりましたので、技術革新が事務系職種の開拓につながったと言えます。

もう1つの手がかりは、中途視覚障害者の復職支援です。1970年頃からの復職事例に加えて、1995年に始まったNPO法人タートルの前身である「中途視覚障害者の復職を考える会タートル」などが行ってきた復職事例の積み重ねが重要です。 以前は、失明とともに三療の勉強を行い、職種転換を図っていましたが、現在では様々な技術発達の成果を活用して、もとの職場に復職したり、過去の職業経験を生かした仕事に従事する事例が増えました。その意味で、視覚障害者の従事可能な職域が拡大してきたと言えます。 現在では、先輩が作り上げた職域に、新卒の視覚障害者が雇用されるようになってきていますので、多くの事例の積み重ねが世の中を説得して、視覚障害者の職域を拡げてきたと言えるのではないでしょうか。

次に雇用率達成を契機とした職域拡大についてみることにします。この手がかりは、これまで述べてきた2つのこととも関係しています。特に、若い視覚障害者を企業で採用する場合、雇用率達成の目標とともに、支援技術の活用、就労事例の蓄積が大きく寄与しているように思われます。民間企業に適用される法定雇用率は昨年4月から2.0%になりました。企業はこの目標を達成すべく、努力をしているのです。また、20年以上前から継続されているのが、あん摩・はり・きゅうの資格を持つ視覚障害者を企業内理療師(ヘルスキーパー)という形で雇用して、雇用率を達成していこうという動きです。

現在、若い視覚障害者の人数が減少している中、大学で勉強した視覚障害者がアプローチしている企業の多くは、雇用率達成を目標に掲げている企業です。先輩が築いてきた事務系職種と併せて、雇用率の達成という法的な目標設定が、若い人たちへの職域拡大に影響を与えていることが窺えます。

最後に、資格取得を手がかりにした職域拡大についてみることにします。これまで、願書を出しても「目の見えない人ができるはずがないから」ということで、試験を受けることすらできませんでした。 しかし、1990年代の障害者運動の中で、欠格条項の見直しがなされた結果、2002年度末までに、63制度が見直され、絶対的欠格条項から相対的欠格条項に改められました。 絶対的欠格というのは、例えば、目が見ない(一定視力以下)というだけの理由で、資格試験の受験や、資格に基づく業務遂行が認められなくなるということです。 これに対して、相対的欠格とは、十分な視力がなくても、他でカバーできるものを踏まえて、全体的に判断するというもので、個別事情や環境整備の状況なども踏まえて判断されます。視覚障害者にとって、業務遂行能力を拡大する意味で、支援技術の活用が大きく寄与しています。

このように、職業をめぐる資格については、2002年度末までに多くが相対的欠格条項に変更されていますので、視覚障害者にもさまざまな機会が出てきています。 例えば、2001年に医師法がその免許付与資格を定める部分で「目が見えない者」という絶対的欠格条項を相対的欠格条項に改めました。その結果、点字や音声による試験が実施されるようになり、2003年と2005年の国家試験で、視覚障害者が合格しています。現在、この二人は精神科医師として実務に従事しています。

このような法改正とは直接関係ないのですが、弁護士の資格は1973年に開放され、司法試験が受けられるようになりました。仄聞するところでは、弁護士法には「目が見えないから、弁護士はできません」などの記述がなかったため、法務省は断る理由を出せずにいたと聞いています。

これらの資格試験の他、英語検定、ドイツ語検定、フランス語検定、日商PC検定、法律検定などの試験が受けられるようになり、門前払いの状態から、視覚障害者も同じ土俵で戦えるようになってきました。 また、1990年代には社会保険労務士(国家試験)の点字受験や、介護保険の実務を担当するケアマネージャーの資格(都道府県知事試験)についても、基本的に点字受験できるようになっています。

◇職域拡大の取組みの課題

先に述べた技術革新、復職支援、資格試験の観点から職域を拡大する上での課題を述べてみたいと思います。

まず、技術革新の成果の活用の面で指摘できるのは、「職場における技術活用を支援するスタッフの育成と配置」です。視覚障害者が事務系の職種を継続するために、一番活用しているのはパソコンだと思いますが、技術が進歩しているにもかかわらず、パソコンや周辺機器の活用について支援できるスタッフが充分でないと思います。 視覚障害者自身がスキルアップに努めることは当然として、職場内外で、そうした視覚障害者のニーズに応える仕組みが不可欠です。まず、社内で視覚障害者が必要とする技術的支援について知識と技能をもつスタッフを増やすことです。また、企業や本人からの依頼で、職業訓練などに従事する専門家をジョブコーチとして派遣することも考えられます。その意味で、支援技術に関する社内スタッフの理解を進める取り組みとともに、個別具体的な職場で技術的な支援に従事できるジョブコーチを育成することが重要になります。

次に、復職希望の視覚障害者への相談支援の充実が必要だと思います。全国組織の日本盲人会連合や、全日本視覚障害者協議会などでも行われていますが、中途視覚障害者への復職を目的にした相談は、それほど多く無かったと聞いています。しかし、タートルでは1995年の会結成後、継続的に相談支援を行っており、たいへん有意義な活動だと思います。今後、全国的に支援の輪をどのように広げていくかが課題になります。

米国やヨーロッパなどでは、さまざまな職種に従事している視覚障害者の事例を実名と連絡先を公表してネット上で紹介し、個別相談に応じていくシステムが動いています。相談でどこまで対応するかは、協力者によって異なりますが、職業選択、復職へのモチベーションの強化などの面で視覚障害当事者による相談支援の意義を改めて評価したいと思います。

次に「資格試験のアクセシビリティの保障」について課題を指摘したいと思います。各種の資格試験が開放されている中、1991年に国家公務員試験の点字受験が開放されました。こうした試験をめぐる課題としては、点字受験における正確な点訳や、適切な試験時間の延長などがあります。 またアクセシビリティの面でみると、最近では試験でパソコンを使いたいという要望が出てきていて、地方公務員と教員の採用試験ではわずかですが、実例があります。アクセシビリティのレベルについては、本人の状況と要望に応じて試験方法が決められることから、その対応レベルの程度により、アクセシビリティの基準が変化します。点字や音声による試験も含めて、まだまだ門前払いのところは数多くあり、一部の分野での受け入れに限られています。

また、最近の資格試験では、ネットワーク上で出題し、その場で解答する方法も増えてきました。画面読み上げソフトで問題が読めなかったり、解答の記入ができなかったり、アクセシビリティが確保できないため、実際上、視覚障害者が排除されてしまう場合もあります。 現状では、まず資格試験を受験する機会を確保することと、試験におけるアクセシビリティを確保することが大きな課題だと言えます。

◇キャリア形成とキャリア権

一般にキャリアというと、「自分が歩んできた道」になるのですが、自分たちの職業生活をどうつくっていくのかという意味で、ここではキャリア形成といいます。 最近、この言葉が注目されているのは、一般の小・中学校や高校で、「将来の職業生活をどう考えるか」というキャリア教育が行われているからです。近年、「ニート」(教育・就業・訓練のいずれの段階にも属さない)若者が増えているため、教育段階で職業や働く意義について考える場が必要だということから、今世紀に入って、キャリア教育に力を入れるようになりました。

これを、労働者の立場からみると、さまざまな経済情勢の変化を乗り越える過程で終身雇用制がくずれ、現在では1つの会社に就職して長く働き続けるのではなく、パートや派遣社員という形で、複数の企業で労働生活を継続している方が増えています。その意味では、ある企業に長く所属しているかではなく、働くこと、働いてお金を得ていくこと、どのような職業生活をしていくかを、個々の労働者の権利として保障していくことが必要になってきているのです。

このような状況を踏まえて提唱されたのが「キャリア権」です。提唱者とされる諏訪康雄教授(法政大学)は、自分の職業生活を発展させることを基本的人権の一つとして保障すべきだとしています。

この権利を考える上で重要なのは、個人の職業生活を権利として保障するとして、誰が義務を負うのかということです。個人のキャリア件に対応して、国はどのような義務を負うのかということです。ハローワークの設置や職業紹介事業を行うことがその内容になるのかもしれません。

しかし、これを民間企業との関係でみると、個人のキャリア権に対応して、個々の雇用主の義務が発生するとは考えにくいことになります。すなわち、雇用主は、労働者に対して指揮命令して労働者を配置することが権利として認められているからです。 こうなると、個人にはキャリア権、企業には人事権という構図ができてしまい、どちらが正しいのかを問う議論が出るのは言うまでもありません。つまり、個人の職業生活を快適に自由に送る権利として保障することは、企業に各種の義務を課すことになるので、人事権が制約されることになるのです。

こうした理論上の制約はあるものの、キャリア権を個人の権利として明確に保障する視点も大事だということを紹介したいと思います。 現在、キャリア権保障を推進するNPO法人が設立され、各地方での講演活動を通じて、キャリア権の考え方を普及する活動が行われていますが、この過程で障害者雇用と結びつける取り組みはまだ見られません。しかし、もし、障害者のキャリア権を保障する視点から、視覚障害者の復職問題を考えてみると、中途視覚障害者のキャリア権を保障するために、国や地方自治体に対策を講ずるように求めるだけでなく、雇用主に対して、例えば、リハビリ訓練休暇の付与などの措置を求めることも可能になるのではないかと考えられます。

◇職域拡大の推進とキャリア形成の課題

まず第1に、「技術革新の応用と職域拡大」ということです。今後技術革新の応用場面でどんなことが起きるのか、何が必要かということです。 ここで大切なのは、各個人の状況やスキルにより、できることとできないことを踏まえて、当事者の状況に合わせて応用場面を決定していくことを保障することです。

第2に、「セキュリティ及びアクセシビリティに関する指針策定と、当事者参加」ということです。企業では、ネットワークのセキュリティ確保が大きな課題となっています。例えば、メールソフトにセキュリティホールがあるので、すべてをウェブメールにしたり、グループウエアのセキュリティのレベルを高めるため、一定の措置を講じる場合があります。そして、多くの場合、視覚障害者がそのためにメールやウェブへのアクセスに制限がかかってしまい、実際上、作業ができなくなることがあります。つまり、セキュリティのレベルなどを高めることは、場合によってはアクセシビリティを低めることとなるのです。

このセキュリティとアクセシビリティの双方を高めるためには、その職場で就労する視覚障害者の意見を十分聴いて、指針を作ることが必須だと思います。 また、職場内で決める様々なガイドラインについても、少数者の意見やニーズを把握していただいて、強調していく必要があります。

第3に、「制度的なバリアの撤廃と平等条件の確立」を挙げたいと思います。先ほどから述べている資格試験における欠格条項の話です。世の中には、初めから視覚障害者の受験を想定していない資格は、数多くあります。 基本的には、障害差別解消法と同様の精神の下、教育段階や各種試験の段階でも、まず門戸を広げ、すべての制限を撤廃していくよう、強制力をもった法律を制定することが必要だろうと思います。それと併せて、アクセシビリティの保障と、それに向けた公的支援が必要になると思います。

しかし、パソコン受験やネットワーク受験を行う場合、試験を実施する側には、多方面にわたり事前準備が必要となります。つまり、問題をアクセシブルにするためには、テストを繰り返し行い、問題なく確実に実施できるかを確認しなければなりませんので、手間暇がかかるわけです。例えば民間団体でそれをおこなおうとすると、その団体の負担になるか、受験者の負担となりますので、公的支援で全体をカバーしなければならないのではないかと考えます。

第4に、「当事者のエンパワメントの重要性」を挙げたいと思います。このエンパワメントという言葉は1970年代から米国でよく使われてきました。特に障害者が権利主張をする際に使われています。1990年に制定されたADA(障害を持つアメリカ人法)で、当事者の権限強化などと言われていますが、これからは当事者の主体性を強化していくことが大事だと思います。

では、どのような場面で強化が必要になるのかというと、1つ目は技術向上で、スキルアップを適正におこなうことです。つまり、訓練する側からいえば大変なのですが、本人が必要と感じた時に、いつでも訓練を受けられる保障が必要となるわけです。 次に「差別・偏見を乗り越える知識とコミュニケーションスキル」が大切です。私自身、全盲の視覚障害者なので、街を歩いているだけで様々な壁に衝突したり、他人から不当な扱いを受けることがありますが、それらをどう乗り越えていくかということです。特に、嫌な思いに遭遇した時に、心の持ち方ですべてを解決することはできませんので、たまには怒った態度で示さなければならない場合もあります。その他、「この人は何か誤解しているようだな」と思う時には、落ち着いて「そうではなく、これはこうなのですよ」と理由を説明すると、理解してくれるかもしれません。 そういう意味では対人スキルにおいて、様々な差別や偏見にさらされた時に、ある程度は気にせずに、先に進めていく姿勢が必要となる場合があります。

こうした対応力を養うことは大変なのですが、重要な課題となります。ドイツでは職業訓練の場で、当事者から「問題対応能力をつける訓練プログラムを組んでほしい」という要望が出ていたのですが、訓練現場では具体的な取り組みはできませんでした。ドイツでは、当事者が重要な課題と考えている反面、視覚障害者を受け入れている施設では、対応策に困窮しつつ、いろいろな試みをしているようなのです。

第5に「キャリア教育の充実」を図る必要があります。これは、主に、特別支援学校におけるキャリア教育の課題です。 現在、視覚障害者が学べる盲学校は全国に69校ありますが、生徒数の減少や、重複障害者の増加などが進行しており、高等部や専攻科の職業課程では、中途視覚障害者の方が圧倒的に多い状況にあります。 具体的には三療の免許を取得するための教育なのですが、キャリア教育という面では、大学への進学、治療院の開業、ヘルスキーパーへの就職などがあると思います。

また、実際に盲学校でおこなわれていますが、高等部の段階では、卒業生で大学に進学した先輩や就職した先輩を学校に呼んで、1時間程度の進路講話などが行われています。そして、先輩たちがどのような進路選択をして、現在どのような状況にあるのか、これからどのような生活を送ろうと考えているのかを、10代・20代の生徒たちに学ぶ機会が提供されています。

最近それに加えて、インターンシップ(就業体験)に参加する弱視の人が多く見られます。盲学校でもおこなわれていますが、各校での体験レベルが異なっているのが実情です。したがって、公然と「インターンシップをおこなっています」と言われると、困るところもあるかもしれません。専攻科では、職業人として生計を立てるために、三療の免許を取得するための勉強をしていますから、免許を活かして開業している人や、病院で働いている人、ヘルスキーパーで働いている人など、先輩の話を聞くというのが1つです。

それから、盲学校での実習の場合、施術自体は盲学校に設置されている付属の施設でできますので、盲学校の生徒には非常に有利な点となります。一般の晴眼者が勉強する施設では、学生数が多いために、実習の機会が少ないと聞いていますので、盲学校であればこそできる実習ではないかと思います。 ただし、社会人としてどう働いていくのかという点では、課題は大きいと思います。

それから、高等教育は大学を想定していますが、大学に進学した人のキャリア形成やキャリア教育では、重度の視覚障害者に対して、大学側はほぼ何も支援してくれないのが実情です。T大学では、視覚障害や聴覚障害の人を受け入れていますので、キャリア形成やキャリア教育を受けることができます。しかし、一般大学でのキャリア教育はあまり期待できないと思われます。 このように、大学などに在籍する視覚障害者の場合には、不十分だと思いますので、先ほど述べた個別相談を含め、先輩たちの事例を紹介したり、就職活動について先輩たちと話す機会を設けることが大事だと思います。

第6に「キャリア形成に向けた多様な支援」が指摘できます。先ほどインターンシップについて述べましたが、諸条件が整備できないとインターンシップは難しい状況なのです。 T大学では、インターンシップをおこなっているのですが、インターンシップで会社に1週間から2週間入る時、大学所在地からは通えないため、ホテル住まいになることが課題となります。 そういう意味で、大学独自の支援も必要なのですが、視覚障害者のインターンシップを行う場合には、受け入れ先、受け入れ費用、実習中における宿泊費などの交渉を含めた支援が重要になります。

第7に、「中途視覚障害者のリハビリテーションと復職支援」について考えてみます。これは、すでにタートルの中で議論されていると思いますが、法的な面でのリハビリテーション休暇の必要性や、個別的な相談支援が重要な要因になると思います。

◇障害者権利条約と視覚障害者の雇用

最後に、まとめとして、障害者権利条約について述べておきたいと思います。 障害者権利条約は2006年12月に国連総会で採択され、日本は2007年9月に署名しました。その後、昨年の12月に国会で承認され、今年の1月20日に批准書を寄託し、2月19日から効力が発生しました。 条約とは憲法の次にくる法規ですから、法律もこれに従ってくることとなります。つまり、条約が効力を発生したら、その条約の趣旨と法律が、一致するように解釈しなければいけなくなるわけです。

障害者の雇用問題に関わる基本的な法律として、障害者雇用促進法があります。この法律について、昨年6月、権利条約が効力を発生した時に、齟齬を来さないようにということで改正が行われました。 この条約と、国内法との調和を図ることが必要だということで、日本は他の国と比べて批准が大変に遅れましたが、今後はこの条約の主旨である「障害者も他の人と同じ立場」であり、「差別されない」ということになります。つまり、「障害のあるなしに関係なく、平等です」「平等を図りましょう」ということが主旨となるわけです。

権利条約のキーワードでは、障害でいうと「差別禁止」があり、「合理的配慮の提供」がありますが、この2つをキーワードとして、これから様々な議論が出てくると思います。 簡略して言いますと、障害者が職業生活を送る段階、就職する段階、職場で働く段階、障害の発生や、病気を負ったりして、就労継続に支障が出た場合に、障害があるからとの理由で、平等でない扱いをしてはいけないということです。 これは障害者権利条約の27条に細かく書いてあります。その中で大事なことは、差別をしてはいけないが、実際に障害者が働きやすい職場を作るには、「合理的配慮」が必要だということです。つまり、合理的配慮では、様々な条件や環境を変えたり、障害特性に見合う職務に変更することが必要となるわけです。

ただ、その負担が雇用主側に過大なものとなってはいけないのです。合理的には2つの意味があり、1つ目は障害者本人の障害特性や、仕事における合理的な範囲で、適切な措置をすること。2つ目は過度にお金が掛からないように、雇用主側の負担が少ない方法で調整することです。この差別禁止と合理的配慮の2つで、すべてが済むかということです。

日本国内では、障害者雇用の促進等に関する法律で、障害者雇用率の目標値として、民間企業は2%、公的部門は2.3%という数値を掲げています。併せて、民間企業で障害者雇用率が2%以下の場合には、納付金を納めなければなりません。 これは、障害者の立場を有利にする反面、逆差別ではないのかという議論がありますが、実際の障害者数や、求職状況から見ると、充分だとは言えないのです。つまり、差別禁止だけで、障害者の就労を確保することや、障害者の職業生活を確保することは、困難だと言えます。

また、権利条約では、一定期間は雇用率制度も含め、積極的な差別是正措置については、差別禁止に反しないと書いてありますので、日本国内の雇用率制度も、その下でこれからも存続していくと思います。

これからの取り組みとしては、障害による差別を禁止することと、合理的配慮を提供することを通じて障害者の雇用機会を拡大していくことが目標とされています。障害者が他の従業員と同じ立場で働ける状況をつくるという意味で、平等化を図っていくということが重要な課題になってきます。

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【定年まで頑張りました】

『「今日の努力は明日の成功」を信じて在宅勤務15年、セーリング10年。そして新たな出会いを求めてチャレンジは続く!』

理事 安達 文洋(あだち ふみひろ)

今から約5年前に60歳で定年となりましたが、引き続き再雇用となり現在に至っています。 1973年4月に現在の会社に入社し、約40年以上が過ぎてしまいました。 今思えば、入社した当時は学生気分が抜けきれず、いつも遅刻ばかりでした。それが、いつの間にか8時前には出社して、毎晩9時過ぎまで仕事をするようになっていました。すなわち、典型的な団塊世代のサラリーマンの一人だったのでしょう。

担当は中近東アフリカ向けの紙類の輸出営業でした。これらの地域にはまだ支店や事務所が無かったために限られた予算と時間で、出来るだけたくさんの国と顧客を訪問しなくてはなりませんでした。 その出張期間は常に1か月以上で、商品知識も経験も浅く、そして言葉は主にアラビア語だったので不安の連続でした。また、砂漠の為、毎日40度以上の高温、そしてアルコールは厳禁、言葉に言い表せないほどの苦労の連続でした。

しかし、目標以上の成果を上げることができて、これらの仕事は3年ほどで卒業出来ました。 一方、「苦あれば楽あり」と申しますか?次に待っていた担当は待望のオーストラリア・メルボルンの駐在でした。入社10年目で家内と2歳3か月の娘を連れての赴任でした。 ご存知のようにオーストラリアは広大な国で車が中心の社会です。社宅から会社まで片道約40分の車通勤ですが、帰りの道路は暗く、運転がとても怖かったです。仕事、通勤に月平均2000キロ以上を運転していました。出張はメルボルンから一人でシドニー、ブリスベン、アデレードに行ったり、時にはニュージーランドへ行ったりしていました。

しかし、このような生活も3年半ほどで終わり、帰国することになりました。それは夜間の車の運転ばかりでなく、日中の運転も厳しくなったからです。

前置きが長くなりましたが、これからが中途視覚障害者の世界の話になります。 オーストラリアから帰国したのは36歳の時でした。 視力はメガネで矯正出来なかったので、産業医に相談したところ、ある大学病院の眼科を紹介されて、精密検査を受けました。結果は「網膜色素変性症」という難病疾患でした。当時の視力は0.2以下で、読み書きや夜の単独歩行にも支障がありました。 年齢的には40歳で、将来に対する不安が大きくのしかかってきましたが、仕事が忙しく、正直言って、病気に向かいあう時間もなく、むしろ、なんとかなるだろうと現実から逃げていました。

しかし、病気は容赦なく進行して、45歳の時にはもはや読み書きは出来ず、部下に口述筆記をしてもらっていました。そして外出の際には同行してもらうようになっていました。 それでもなんとか仕事は続けていましたが、将来に対する不安を感じて障害者手帳を申請しました。取得した手帳は1種1級で年齢は50歳の時でした。

定年までラスト10年。これからが出世レースの始まりなのに厳しい現実でした。少しでも3自立するには「読み書き」と「単独歩行」が出来なくてはと思い、所沢の身体障害者リハビリテーション病院で短期入院訓練を受けることにしました。会社の有給休暇を利用して1回1週間ほどの入院訓練で、約2年間で5回行きました。そこでの訓練で、単独歩行、パソコンなども何とかできるようになりました。

しかし、次に待っていたのは予想もしなかった「在宅勤務」でした。会社は就業規定に在宅勤務という項目を新たに設定して身分を保証してくれましたが、大幅な降格と減給でした。しかし、転職する勇気もなくすべての条件を受け入れました。自宅には音声パソコン、電話ファクス、プリンターなどが運ばれ自宅での仕事が始まりました。 仕事は海外の業界誌の翻訳でしたが、その量が多く、内容も難しく、私の能力では期限内に出来ませんでした。そこで、海外の現地法人で週1回開催されている役員会の英文議事録を和訳することになりました。一般的には視覚障害者は時間に追われる仕事は苦手です。私もそうでした。この議事録の目的は時間よりも正確な情報を役員回覧することでしたので、役に立ったようです。その他、毎月海外店からメールされる市況報告にコメントを出すようになりました。

当時、視覚障害者の在宅勤務は珍しかったのか、マスコミが大きく取り上げてくれました。更に社会福祉協議会から地元の小、中、高校の福祉授業で視覚障害者になってからの仕事や日常生活が出来る様子を話して欲しいとの依頼がありました。この経験を生かして、会社では毎年4月、新入社員教育研修で講話をしています。

一方、在宅勤務で最も困ったのは運動不足でした。 当初から、毎朝、ラジオ体操とストレッチを欠かさないようにして健康管理には注意していましたが、やはり体力は衰えました。そこで、なにかアウトドアのスポーツができないかと思っていたら、ある日、テレビのニュースで、視覚障害者と健常者が一緒にヨットを操船している様子が報道されていました。その中で「風は誰にも見えない」というナレーションに夢が広がりました。 今までヨットの経験は全く無かったのですが、今できることはこれだと思い、この団体にすぐに入会しました。それからは週末は電車を乗り継いで埼玉から東京湾、相模湾にある練習場に出かけました。 毎回、行くたびに海面の様子、風の方向、波の勢いも違っており、慣れるのに大変でしたが、3年ほどで、レースにも出られるようになりました。

競技は視覚障害者2人と晴眼者2人の4人で1チームを構成して全長約8メートルのヨットで順位を競います。なお、視覚障 害の程度によってクラスは3つに分かれます。レースは一般的に約1キロの長さのコースを2往復します。所要時間は、風と海面次第ですが、1レース約40−50分、そして1日3−5レース行われます。

最初は運動不足解消と気軽な気持ちで始めたのですが、すっかりはまってしまい、2009年にはニュージーランドで開催された世界大会に日本代表選手として出場しました。しかし、世界の壁は高く、視力障害の程度が最も重いクラスで、10チーム中、ブービーでした。 閉会式後、次回の開催国について協議された結果、まだ一度も開催していない日本が選ばれました。そして、昨年5月神奈川県三浦市シーボニアマリーナで日本初の世界大会が開催されました。

今回は私は選手ではなく、日本開催を約束した立場上、運営役員として参加しました。大会には海外から5カ国(英国、ニュージーランド、豪州、米国、カナダ)13チーム、日本から6チーム、合計19チームが参加しました。 閉会式には皇室から、高円宮久子様をお招きし、大いに盛り上がる事が出来ました。

今振り返ってみると、失明した時には何をすべきか何ができるのか本当に悩みましたが、タートルの皆様のおかげで、ここまで頑張ることができました。 心から皆様に深く感謝申し上げます。 有り難うございました。

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【お知らせコーナー】

◆ ご参加をお待ちしております!!(今後の予定)

《タートルサロン》

 毎月第3土曜日
於:日本盲人職能開発センター
14:00〜16:00 交流会開催月は講演会終了後

《交流会》

11月15日・3月21日
13:30〜16:30
於:日本盲人職能開発センター

《タートル忘年会》

12月6日(土)
於:ホテル ベルグランデ(両国)

《関連イベント(タートルも参加しています)》

第15回日本ロービジョン学会学術総会
11月1日(土)・2日(日)・3日(月・祝日) 大宮ソニックシティ
日程表・プログラム|第15回日本ロービジョン学会学術総会

第6回医療が関わる視覚障害者就労支援セミナー(旧:視覚障害者就労支援推進医療機関会議)
11月16日 神戸ポートピア

◆一人で悩まず、先ずは相談を!!

見えなくても普通に生活したい、という願いはだれもが同じです。職業的に自立し、当り前に働き続けたい願望がだれにもあります。一人で抱え込まず、仲間同志一緒に考え、フランクに相談し合うことで、見えてくるものもあります。気軽にご連絡いただけましたら、同じ視覚障害者が丁寧に対応します。(相談は無料です)

◆正会員入会のご案内

NPO法人タートルは、自らが視覚障害を体験した者たちが「働くことに特化」した活動をしている団体です。疾病やけがなどで視力障害を患った際、だれでも途方にくれてしまいます。そんな時、仕事を継続するためにはどのようにしていけばいいかを、経験を通して助言や支援をします。そして見えなくても働ける事実を広く社会に知ってもらうことを目的として活動しています。当事者だけでなく、晴眼者の方の入会も歓迎いたします。

◆賛助会員入会のご案内

NPO法人タートルは、視覚障害当事者ばかりでなく、タートルの目的や活動に賛同しご理解ご協力いただける晴眼者の入会を心から歓迎します。ぜひお力をお貸しください。また、眼科の先生方はじめ、産業医の先生、医療従事者の方々には、視覚障害者の心の支え、QOLの向上のためにも積極的な入会あるいは係わりを大歓迎します。また、眼の疾患により就労の継続に不安をお持ちの患者さんがおられましたら、どうぞ、当NPO法人タートルを紹介いただきたくお願いいたします。

◆ご寄付のお願い

特定非営利活動法人タートルにあなたのお力を!!
昨今、中途視覚障害者からの就労相談希望は急増の一途です。また、視力の低下による不安から、交流会やタートルサロンに初めて参加して来る人も増えています。
それらに適格・迅速に対応する体制作りや、関連資料の作成など、私達の活動を充実させるために、皆様からの資金的支援が必須となっています。
個人・団体を問わず、暖かいご寄付をお願い申し上げます。ご寄付いただいた方には、タートルが発行する情報誌をお送りします。
寄付は一口3,000円です。いつでも、何口でもご協力いただけます。

★NPO法人タートルは、税制優遇を受けられる認定NPO法人をめざしています。 その実現のためにも、皆様の積極的ご寄付をお願いします。

◆会費納入のお願い

日頃は法人の運営にご理解ご協力を賜り心から御礼申し上げます。
会員の皆様には6月の総会終了後に会費(年会費5000円)の振込用紙を送付させていただきました。まだ納金がお済みでない方は、法人の円滑な運営のためにも、お手数ですが早めの納金手続きをよろしくお願いいたします。

≪会費・寄付等振込先≫

ゆうちょ銀行
記号番号:00150-2-595127
加入者名:特定非営利活動法人タートル

◆活動スタッフとボランティアを募集しています!!

あなたも活動に参加しませんか?
NPO法人タートルは、視覚障害者の就労継続・雇用啓発につなげる相談、交流会、情報提供、セミナー開催、就労啓発等の事業を行っております。これらの事業の企画運営等に一緒に活動していただけるスタッフとボランティアを募集しています。会員でも非会員でもかまいません。特に晴眼者のご支援を求めています。積極的な参加を歓迎いたします。
具体的にはweb関係、スカイプの管理、視覚障害参加者の誘導、事務作業の支援、情報誌の編集校正等いろいろとあります。できる範囲で結構です。詳細についてはお気軽に事務局までお問い合わせください。

☆タートル事務局連絡先
 Tel:03-3351-3208
 E-mail:m#ail@turtle.gr.jp
 (SPAM対策のため2文字目に # を入れて記載しています。お手数ですが、上記アドレスから # を除いてご送信ください。)

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【編集後記】

タートル会員の皆様、如何お過ごしでしょうか? 今年の夏も広島をはじめ、各地で、土砂崩れや洪水が発生して、大きな被害が出てしまいましたね。

「50年に1度の大雨」「気象観測始まって以来の大雪」「深層崩壊」等々、あまり耳にしなかった天気予報からの声。また、大きな「竜巻」は海の向こうの話と思って聞いておりましたが、最近頻繁にと言うか、たて続けに日本でも発生するようになりましたね?本当に異常気象?ですね?

科学や技術の発達で、大きな恩恵を受けておりますが、反面、大きな被害や犠牲も出ていますね?豊かさや便利さばかり追求してはいけないのかもしれませんね?

会員の方や関係者に、災害に遭われた方がおられたのではと気にしているところです。 災害に遭われた方には心からお見舞い申し上げるとともに、一日も早い復旧を祈念申し上げます。

さて、今回の第28号は、総会結果報告と講演記事を2件掲載することとなり、【職場で頑張っています】を割愛させて頂きました。 それから、総会時における松永氏の講演は、手持ち資料があり、それに基づいて説明をされましたが、当日の資料はホームページに掲載しておりますことを申し添えます。

(長岡 保)

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